世の中のほとんどの人は「好意的な読者」ではないという現実に気づくことが、文章上達の第一歩

この画像の看板は、「わかりにくさ」の典型です。


「わかりにくくて、立てる目的さえ伝わってこない看板ですよね」とこちらが提示してから、多くの人が「ああ、そうかもしれない」と気づきます。
道に立っている看板を見ただけだと「こんなものだ」とつい受け入れてしまうのです。

普段、何気なく過ごしているのでは、わかりにくさに鈍感になりがちです。
ですから、「わかりにくさとは何か」を作文ワークショップのテーマにしてきました。

これまで作文ワークショップを行ってきて、私も大変に勉強になりました。

作文ワークショップを始める前は、「企画書をどうやって書いたらいいのかわからない」「ライターを副業にしたい」「ブログのページビュー数を増やしたい」などと望む人が、作文ワークショップに参加するものと思い込んでいました。
ところが実際に申し込んできたのは、ビジネス目的ではなく純粋に文章力アップだけを望んでいる人だったのです。

正直なところ「すでに同人誌的な書籍を作った実績もあって、自分のファンもいると言っているのに、どうしてわざわざ?」と不思議でした。
ただ、参加者と何度か接してきて、「このままだと自己満足の文章で終わってしまう」という焦りを抱いているとわかったのです。

筆者の意図がわかりにくい「悪文」でも、ファン、つまり筆者と仲がいい人は理解しようと努めるでしょう。
あるいは、筆者への配慮で、わかりにくさに対してあえて鈍感になるのかもしれません。

編集者時代、こうした人々を「好意的な読者」と私たちは呼んでいました。
ちょっとした皮肉です。
世の中のほとんどの人は好意的な読者ではないという現実に、作文ワークショップ参加者も長い創作活動の中で気づいたのでしょう。ぬくぬくと幸せなぬるま湯の中では、自分の意図がしっかり伝わる文章は書けません。

名文については、読み手の好みの問題。
一方の悪文は、小説だろうがエッセイだろうが説明文だろうが条件が共通しています。
「This is 悪文」は提示できるのです。

表現を盛るよりも悪文を減らすことが、文章上達の第一歩。

わかりにくさに敏感になる。
どこでわかりにくさが発生しているのか考える。
どうしたらわかりやすくなるのか、具体的に検討する。

こうした脳内作業を繰り返すことが、文章上達につながるのです。
自分自身が好意的な読者をやめれば、ちょっと嫌な奴になるかもしれませんが、文章のクオリティはグンと上がります。

「知恵の木」が閉店する2月で、作文ワークショップも終了します。
残りの3回で「わかりにくさとは何か」を完結させます。

文章の「わかりにくさ」が発生する理由は、次の6つです。
(1) 書き手が、書く目的を見失っている
(2) 「読んでもらいたい」「わかってほしい」という謙虚さがない
(3) 主語と述語、形容詞と形容される言葉の対応がわかりにくい
(4) 事実・推測・意見の区別がつかない
(5) 推測・意見に根拠がない(独りよがり)
(6) 思いつくままに書いている(書く前に、内容を整理していない)
(7) 段落の順番が混乱している
 
わかりにくい文が「悪文」。
どんなに立派な内容でも誤字脱字が混ざると文章全体の信用度が下がるように、悪文が混ざると読後感が残念な文章になりがちです。
ですから、すごい文章を作ろうと励むよりも、悪文を減らすように注意するほうが、文章全体の印象をグンと上げることにつながるわけです。


■接続詞の使い分け
付加 そして、しかも、および、かつ
選択 あるいは、または
換言 つまり、すなわち、要するに
例示 例えば
対比(前と後は同じ重み)(逆接) しかし、ところが、だが
転換(前よりも後を言いたい)(逆接) しかし、ところが、だが
補足(後よりも前を言いたい)(逆接) なお、もっとも、ただし
条件 なら、れば、たら、
譲歩条件 しても、したところで
理由 なぜなら、というのも
帰結 ので、だから、それゆえ

■根拠とは
理由 「なぜ?」の答え
原因 因果関係を説明
根拠 結論(主張)の説得力を強めるために挙げる理由
※循環論法 論理学で、論点先取の虚偽の一。証明すべき結論を前提に用いる論法。循環論証。

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