「知恵の木」9月のテーマは「割り切れない 性と死」

「そもそも、閉経後も生きているなんて、生物学的には非常に不自然なんですよね、ははは。
これ、記事に書いちゃだめですよ」
取材中に更年期が話題に上ったときに、このように話した医師がいました。

『スキンケアを科学する』(南江堂)には、「私たちがシミやシワを嫌がるのは、種として考えた場合、ちょっと変ではないか」といったことを今山修平医師が書いていました。

生物は、自分の遺伝子を残すために、生殖期間はオスどうし・メスどうしで激しく争います。
生殖期間を過ぎた、要は老いた生物は、この抗争に巻き込まれると死につながる可能性が高くなります。
ですから見た目で「私は老いてしまって、もう生殖できませんから!」とアピールすると、抗争から離れて自分を守ることにつながるのではないかと。
シミやシワなどの老化現象とは、抗争に巻き込まれずに生き残る手段のようなもの。
それが人間の場合は、自分の遺伝子を残せなくなった後も、シミやシワがないことで異性から若いと評価され、ある意味、抗争に参加できるとうれしいわけです。

生殖ができなくなってもなお生き続け、若いふりをして生殖抗争に参加しようとする私たち人間。
人間の性は、生殖や生存と切り離されてしまったようです。

「自分の遺伝子を残すため」という目的を失った性、そして「生物学的・社会的役割を終えた」という結果が見えない死は、今の日本では商業主義のシステムに組み込まれ、迷走しています。
大金を出してシミ・シワを消す。
本人の意識がない状態が長く続いても過剰医療を施す。

子どもたちに対しては、性を保健体育や理科で説明するのは不十分かもしれません。
性も死も、社会科で扱ったほうが現実に即しているように思えます。

話はそれますが、女の子の場合は月経によって性がうとましくなる可能性もあります。
月経のために勉強や運動では男の子よりも不利な状況になるのは事実です。
「女になんか生まれなければよかった」「女は損だ」と自らの女性性を嫌うこともあるでしょう。

こうしたことが、過剰なダイエットや月経トラブル、精神不安などにつながっているのではないかと私は推測しています。
女性としての体の働きや変化をおおらかに受け入れられず、自分の努力で無理やりコントロールしようとするあまり、女性性が悲鳴を上げているのではないでしょうか。

一方、「子宮を大切にすると自分らしく生きられる」「お金も幸せも手に入る」といった自己啓発的商業主義のネットワークも、一時期、非常に人気でした。

生殖や生存と切り離された性は、抑圧されたり、もてはやされたり、乱高下を繰り返しているようです。

現代の性のあり方を描いたり、突き放して観察したりしている本を9月から「知恵の木」の本棚に並べます。
こうした本では、死についても触れられています。
性と死。
突き詰めていくと、やっぱりこの2つは切り離せないテーマなのでしょう。

冒頭の医師の発言については、当然のことを言っているだけです。
しかし、私たちはつい「何! 死ねっていうことなの?」「姥捨て山か!」といったヒステリックな反応をしがちです。
これから少しずつ涼しくなってきますし、少し冷静に性と死を見つめ直そうと私自身が思っているところです。
彼岸9月20~26日のようです

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