道理でウチの子は作文ができないわけだ

作文力の考え方で、小学校教師と親である私との間でギャップが大きいようです。

断わっておけば、ベテランで落ち着いた雰囲気の担任教師で、私は信頼しています。

ただ、個人面談で「学校では読書感想文の書き方を教えていないから、夏休みの宿題として出さないつもりです」と話を聞いて、私は「あれっ?」と思ったのです。
さらに、原稿用紙の使い方を確認したところ、「1~2年生の書写などで教えているはずです」とのこと。

なるほど、道理でウチの子は作文ができないわけだと納得しました。
学校でこまめに作文を教えていなければ、文法的ルールが頭から抜け落ちて、子どもたちの間で記述問題に答える力に大きな開きが生じるのでしょう。

千葉県の公立高校の入試問題を見ると、記述させる箇所がけっこうありました。
私の予想では、大学入学希望者学力評価テスト(仮称)のおかげで、高校入試でさらに記述問題が増えるのではないかと。

多くの人が実感していると思うのですが、作文力は一夜漬けでは身に着きません。

暗記や穴埋めで対応できる問題は後回しでいいから、小学生のうちから作文だけは書いて自分で推敲し教師に添削してもらいたいのです。
せめて夏休みぐらい、子どもにはまとまった文章を書いてほしいし、教師から「よく書いたね」と子どもを褒めてもらいたいと思ってしまいます。

教師サイドは「読書感想文は大変だから、書かなくていいですよ」という配慮なのでしょう。
読書感想文の宿題が出なければ、作文が苦手な子どもは喜ぶでしょうが、まとまった文章を書くチャンスがなくなってしまいます。
子どもたちの間で作文力がさらに開くことになるでしょう。

作文は、入試だけに関係するのではありません。
大学ではレポートを書いたり、就職試験では小論文を書いたり、仕事では報告書を書いたり、これからの子どもの人生に大きくかかわります。

子どもたちが一定レベルの作文力を得るために、学校でも作文の時間を作ってもらえないものかと思うのは私だけでしょうか……
数十年前、私がまだ小学生の頃は、クラスで文集づくりなどを頻繁にやっていましたが、もはや昔話レベル。
そして、教師一人ではなく、学校教育にかかわる人々と私との間のギャップかもしれません。

■その後
先日、ウチの子は学校行事でちょっとした悲劇に見舞われました。
大事にしていたモノが壊れたのです。
原因は、明らかに子ども自身。本人のせいです。
たまたま私が下の子を学童に迎えに行ったときが、その悲劇が起こった直後でした。
下の子を迎えに行くついでに、ウチの子に「あら~残念だったね」と声を掛けたら、担任教師から「来てくださったんですね!」と声をかけられました。
私は内心「たまたまなんです~」と思っていました。

そのときの話が個人面談で出て、「あまりにもショックを受けていて、おうちまで送っていこうと思っていたので、お母様が来ていらしてよかったです」と担任教師に言われました。
私は内心「えっ! 子どもはケガをしていないし、先生が送る必要あるの?」と思ってしまいました。

私はゆとりよりはるかに前の団塊ジュニア世代。
当時は子どもがたくさんいたせいか、モノが壊れたくらいだったら担任教師は「危ないから、サッサと片づけなさい」程度の対応でした。

ちなみに、小学5年生のときに担任教師から私はゲンコツされ、友達はビンタされていました。
福岡の片田舎の小学校だからかもしれませんが。

少子化が進む現在の日本の小学校教師は、多方面で細やかな配慮を行うことが求められているのかもしれません。
世代間のギャップがとても大きいです。
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