[作文ワークショップ]苦情の手紙を書いてみよう! 大人編

前々回の作文ワークショップで「苦情の手紙を書いてみましょう」と提案したところ、参加者の心理的な負担になっている印象だったので、自分史を書く方向に転換しました。
ところが前回、「自分史よりも苦情の手紙が書きたいです」という意見が。
結果として「癒しの自分史クラス」はまだ始まっていません。

世の中には、苦情を言うのが大好きな人もいれば、苦情を言うのに抵抗感が強い人もいます。なかには、不平不満の気持ちを持つことさえもなく、周囲に「鈍感」と評価される人もいます。
苦情を言えない人や「鈍感」と評価されてしまう人に、「もっと自分をオープンにして」「マイナスの感情も解放させて」と働きかけるケースがあるのですが、私は非常に危険だと判断します。

かなり前になりますが、退行催眠(ヒプノセラピー)が人気を呼んだことがあります。
ざっくりと説明すると、催眠状態で記憶をさかのぼり、忘れていたつらい出来事を思い出すことで心の傷(トラウマ)を克服するという療法。
人気があった時期には、「なんちゃってセラピスト」が多数いたようです。

なんちゃってセラピストが問題だったのは、「催眠状態で記憶をさかのぼり、忘れていたつらい出来事を思い出す」ことはできても、「心の傷を克服する」ことができず、逆に傷口を広げてしまったことでした。

忘れるというのは、人間にとっての一種の防衛機能。
今を生きるためには過去の苦しみや悲しみを引きずっているわけにはいかないから、あえて忘れることでバランスを取っているのです。
忘れることに意味がある

それなのに、わざわざ記憶のふたをこじ開けるわけです。
その結果は、マイナスの感情を解放させ、増幅させるだけではありません。
私たちの脳は、ありもしない過去の思い出を創作することがあるのです。記憶の改竄とねつ造です。
マイナスの感情で憎しみが強く表れると、「私は○○にひどい目に遭わされた」と事実とは無関係の思い出を作り出してしまうわけです。
「よみがえった記憶」はウソの可能性が高いということです。人間とは厄介ですね。

私自身がマイナスの感情を解放したばかりに大きくバランスを崩す体験をしたことは、アダルトチルドレン、インナーチャイルド、そしてドツボ で書きました。

苦情を言わないのも、「鈍感」でいるのも、防衛機能。
ですから言わなくてもいいし、「鈍感」でもいいのです。

苦情の手紙を書くことに心理的な負担を覚えるのならば、無理をする必要はありません。

しかし、多くの人々が生活を営み、利害が衝突する社会の中で、特に仕事においては苦情を伝えなければいけないケースが出てくるはずです。

感情的にならずに、被害を受けている内容や不平不満に思っていることなどを伝え、自分の目的を達成させることが、苦情の手紙を書く意義。

例えば、「行きつけの雑貨店で買った商品が壊れていた」というケース。
「こんなものを売るなんて、ひどいじゃない!」「雑に扱っているんじゃないの?」「信じられない!」「一体、どういうことなの?」と雑貨店の人を感情的に責め立てるような言葉を使ったら、人間関係は確実に悪化します。
もう雑貨店を二度と利用しないつもりであれば問題ありません。
しかし多くの人が、雑貨店にはまた行きたいのに、「相手を言い負かさなければ気が済まない」という苦情の伝え方をしています。
こうした態度の苦情を受けた相手は「こんな人とは、とてもじゃないけど付き合えない」と判断するでしょう。

今後も雑貨店に行きたいのならば、商品の問題点や不快に思った根拠を説明したうえで、商品を交換するか返品を受け付けてほしいという目的を達成すればいいのです。

ですから、まだ子どものうちに、マイナスの出来事や感情を言葉を使って整理をし、客観視して、他人にもわかるように表現する「苦情の手紙」を書けるようになってほしいと私は思っていました。
もちろん、心理的な負担がない、あるいは「書けるようになりたい」という気持ちがある場合は、大人も「苦情の手紙」を書く練習をすると、文章力が飛躍的に伸びるはずです。

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