スルーしたこともされたこともスルーして、リアルガチを大切に

SNSが普及して、多くの人と簡単に知り合える便利な世の中になりました。
ただ、よく知らない「友達」にまでなんだか監視されている感覚に陥ったり、落ち着かなさや息苦しさを感じたりしている人が増えています。

特に子どもたち。
「スルーした」「スルーされちゃった」で悶々と悩んだり、相手を嫌いになったりすることもあるようです。

私自身はSNSを使いこなせておらず、もっぱらメールで仕事関係のやり取りをしています。
メールで依頼して返事がないときは、2~3日待ってから電話で確認します。
相手の電話番号を知らなければ、あきらめて別の人に仕事を頼みます。
仕事には締切があるので、悩む時間がないのですね。

悶々と悩むのは、おそらく、メッセージやメールを送ったら必ず返事が来ると期待するからでしょうね。
それにプラスして、待つ時間がある。
また、メッセージやメールが届いたら返事しなければいけないと思い込んでいるから、息苦しいのでしょう。

人それぞれに事情があって、例えば家族が病気をしていたり、親戚に不幸があったり、旅に出ていたり、とても落ち込んでいたりすることは多々あります。
どんなにすばらしい情報であっても、受け取り手が「今はそれどころではない」「そんな気になれない」という状況であれば、独りよがりのメッセージやメール。
勝手に送られてきたメッセージやメールなので、当然、勝手にスルーしてもかまいません。

逆を言えば、私たちが送るメッセージやメールは基本的に身勝手なものだから、スルーされて当たり前と考えるほうが自然ですね。

メッセージやメールをスルーしたからといって、送り手の人間性を否定したり、存在を無視したりするわけではありません。
同じく、メッセージやメールをスルーされたからといって、自分が否定されたり、無視されたりしたわけでもないのです。

……と書いている私自身、メールの返事が遅いときにはイライラするし、返事を忘れたときにはウジウジと気にします。
ただ、よく知らない「友達」やメッセージ・メールの内容よりも、実際に会って話をするリアルな関係を大事にするというスタンスのほうが、楽に生きられるのではないかと。
こうしたことを子どもたちと考えたいですね。
ラブレターも返事が来ないと考えるほうが自然かも

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