生にとことんまで執着するという生き方も、あっぱれかも

田舎で一人暮らしの末期ガンである母。
「それでも家から離れたくない」という母の強い希望は、今後、どのように変わるのかはわかりません。
「でも1人は不安」「やっぱり家がいい」とコロコロ変わるの可能性は高いでしょう。

それはそれとして、現時点で母ががんの在宅医療でどのようなサービスが受けられるのか、医療保険や介護保険について調べていました。
私が帰省したときに一気に片づけられればいいのですが、私の知人やネット情報から、そんなにサクサクとは進まないだろうと予測しています。
参考サイト がんと生活 http://www.cancernet.jp/seikatsu/medical/home/
「近所だったら、もっと私も動きやすいのに……」と思ったこともたびたびありますが、母は一貫して田舎の町から離れたくないのだから仕方がありません。

「もっと長生きしたい」と語る母には、「80歳だから、もう死んでもかまわない」という覚悟やあきらめはなさそうです。
だったら、長生きする方法をとことん試してもらって、死に近づく恐怖や感情の浮き沈みを防いだほうがいいだろうと、手軽に安くできる健康法が満載の健康雑誌を何冊かまとめて母に送りました。
筋トレと野菜スープ、その他を試すようにと、付箋をつけて。



『風車祭(カジマヤー)』(著/池永栄一、文藝春秋)には仲村渠フジという96歳のおばあさんが登場し、自分が長生きするためなら周囲の人間を不幸にしてもかまわないと実に身勝手な行動を取っていきます。

フジオバアの徹底した長寿願望が痛快で、彼女ほどではありませんが、末期がんだろうがなんだろうが母も自宅で1人で生き続けたいわけです。
ですから私は方向を転換して、「母が最期をどう迎えるか」ではなく「母がもっと長生きするにはどうしたらいいか」の情報を集めることにしました。

生きることに一生懸命ならば、死について考える暇もないはずです。
すると、死ぬ覚悟も必要ないのです。
生にとことんまで執着するという生き方も、あっぱれかもしれません。


宇野千代さんも書いていました。
『私何だか死なないような気がするんですよ』と。

すごいタイトルだなと思った記憶があります。
宇野千代さんの強烈な生き方も、ある意味では仲村渠フジと似ているような気がします。
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