「在宅ひとり死」を念頭に置いたエンディングノート『未来史』を作る

 「おふくろが、がんだった……」
 兄から電話があったのは、一昨年の年末でした。深部静脈塞栓症による足の腫れで緊急入院し、精密な検査を受けたら大腸がんだと判明したのです。

 連絡を受けた私は、「母はあんなに元気だったのに」という驚きと、「とうとう来たか」という覚悟が入り混じった気持ちでした。

 私は4年前まで健康がテーマの生活情報誌の編集者として働いてきたので、がんの患者さんにお会いしたり、電話でお話を伺ったりする機会がありました。
 病気については自己責任とする風潮もありますが、実際には「まさか私が」「まさかあの人が」というケースが少なくありません。母についても自身の健康には実に注意深い人で、テレビで知った健康法をいろいろと取り入れていました。当然、検査も受けていたのですが、なぜか大腸のがんは末期の状態で初めて見つかったわけです。

 母は当時78歳。バスが1時間に1本来るか来ないかの田舎で、一人暮らしをしています。

 兄は母と同じ県に住んでいますが、利便性のよい中心部で暮らしています。
 一方、2人兄妹の妹である私は、田舎から遠く離れた千葉県に住んでいます。田舎に帰るとなると飛行機を手配しなければならないし、まだ小学生の子どもたちの世話を夫に頼まなければなりません。
 そのため、母の入院などのサポートは兄がすべて行ってくれました。

 一昨年の年末の時点で、母は横行結腸にがんができていて、ステージ4の可能性が高いと、手術を受ける前に兄が担当医から聞いていました。

 母の年齢を考慮して、手術を受けたほうがいいのか、抗がん剤治療を受けるかなど、兄妹でメールのやり取りをしました。健康情報とは無縁の兄と、情報だけは詰まっている私との間では、当然、手術や抗がん剤に対する考えが異なります。
 加えて、10年以上も前に父が肺がんを患い、抗がん剤治療中に自ら命を絶っていました。入院して抗がん剤を受けていた際にうつ状態に陥り、自宅にいったん帰って、また病院に戻る日の早朝に首を吊ったのです。父は「病院に戻りたくない」と何度もこぼしていたそうです。朝、変わり果てた父を発見したのは、母でした。
 こうした経験もあることから、兄も私も「医師の言うとおりに治療を受ければいいというわけではない」という思いを抱くようになりました。ですから、単純に話は進みません。

 そこで昨年の初めに、私は田舎に戻り、病院で母と兄と会って、治療についての考え方を確認することになりました。
 入院中の母は元気で、ステージ4の可能性については知らされておらず、担当の医師を信頼しているようで、内視鏡手術を受けると決めていました。本人の決意が固かったので、内視鏡手術を予定していても開腹手術になる可能性があること、父の治療時と比べ抗がん剤が進歩していること、抗がん剤治療は自らの意思でやめられることを私から伝えました。

 結果として開腹手術になったものの、母の術後の回復は早く、田舎での一人暮らしを再開しました。

 がんだとわかる数年前に、兄妹で母の老後について話し合っていました。
 母の選択肢は3つ。
1 私の家の近所に引っ越す・同居する
2 兄の家の近所に引っ越す・同居する
3 田舎で一人暮らしを続ける

 兄が母の考えを聞いたところ、絶対に「3 田舎で一人暮らしを続ける」がいいと断言したそうです。住み慣れた町からは離れたくないとのこと。

 手術後も母の考えは変わらず、通院しながら抗がん剤治療を受けていました。しかし、転移した肝臓がんは大きくなっていき、体調も悪化したことから、母は抗がん剤治療に不信感を抱いたようです。
 「抗がん剤治療をやめる」と母が医師に告げたのが、今年の1月でした。母は終末期を迎えたのです。

 母の認知機能は衰えておらず、現在は外出も身の回りのことも自分一人でできます。そのこともあるのでしょうか、やっぱり「3 田舎で一人暮らしを続ける」を選択しました。
 そのため、兄には別の考えもあるようですが、私は「在宅ひとり死」を検討しています。一人暮らしの末期がん患者でも最期まで自宅で過ごせるのか、田舎の医療体制などを調べ、子どもたちが春休みに入ったら一緒に帰省して、私は手続きなどを行う予定でいます。

 正直なところ、「1 私の家の近所に引っ越す」が兄妹にとって非常に都合がいいのです。私はフリーランスなので時間の融通が利くし、兄は転勤になったとしても千葉県なら楽に移動ができます。
 その一方で、父の最期を思うと、長く生きてきてこれから死を迎える人の希望をできるだけかなえたい気持ちになります。

 「希望をかなえる」という言葉は響きがいいものの、現実としては希望をかなえられる側は準備で多忙です。私から母へは、延命治療(心肺蘇生と終末期医療)を説明する手紙を送っており、どの治療を受けてどの治療を受けないのか決めてほしいと伝えました。抗がん剤治療を受けていた病院の医師から母は人工肛門を勧められたそうで、そのことについても「本当に必要性があるのか、別の医師に相談したほうがいい」と書きました。さらに「かかりつけ医」を作る必要性、民生委員やケアマネージャーとの相談など、くどくどと手紙に記しました。

 現状の把握と未来の自分に関する意思表示。それをすべて母自身が行わなければならないので、希望をかなえるのは案外面倒くさいものだと思います。
 「自分で考えるのは嫌だから、施設に入りたい」と母は言い始めるかもしれませんが、それはそれとして、私は編集者として「在宅ひとり死」を念頭に置いたエンディングノート『未来史』を作ることにしました。
 A4で中綴じ、縦書きで写真などを貼るスペースを作り、年齢を重ねた人でも記入しやすい構成にするつもりです。

□関連記事(別のブログ)

穏やかに、軽やかに人生を全うする「在宅ひとり死」という選択肢

Powered by Blogger.