「割り切れない性」本のラインナップ

若かりし頃のジュリエット・ビノシュが出演した映画。
タイトルは忘れたのですが、主人公は地位も名誉もある中年男性でした。
その息子が婚約者としてジュリエット・ビノシュを主人公に紹介しました。
主人公は強烈にジュリエット・ビノシュに惹かれます。
そして2人はいろいろな場所(妻がいる主人公の自宅でも!)で情事に及ぶのです。

息子とジュリエット・ビノシュが住む予定の新居でも情事にふけっているときに、その現場を息子が目撃。
驚いた息子は階段から足を滑らせて亡くなってしまうのです。
主人公は家族も地位も名誉も失い、ジュリエット・ビノシュは彼の前から消えます。

数十年後、貧しく、老いた主人公は、偶然ジュリエット・ビノシュとその夫を見かけました。
主人公は思うのです。
「ごく普通の女だった」

「ごく普通の女」におぼれたあまり、自分の遺伝子を受け継ぐ息子も、社会的な財産もすべて失ってしまう中年男性。
人間の不可解な性愛が描かれている作品が、昔のフランス映画には多々ありました。

生物の性行動の目的が自分の遺伝子を残すことならば、人間の性行動はタガが外れて生殖や生存と切り離されてしまっているといえるでしょう。
割り切れない性について、ワイドショーのコメンテーターのように理屈をつけると無理があります。
ですから文字に頼らない映画や漫画のほうが、性についての秀逸な作品が多いように思っています。

岡崎京子氏の作品は、女性、なかでも若い女の子の割り切れない性が描かれています。











『ハッピー・マニア』(安野モヨコ、祥伝社)はタイトルもすばらしいですね。
幸せになりたいと強く願っているのに、浮気男や不倫男、借金男などと付き合う主人公。
自分を大切にしてくれる、しかも高学歴の男性とはくっついたり離れたりして、いつまでも落ち着きません。
幸せになりたいのか、もはや自分でもわからないハッピー・マニア。
「健康になるためには死んでもいい」という健康マニアと通じるところがあります。

「あたしは あたしのこと スキな男なんて キライなのよっ」
『南瓜とマヨネーズ』(魚喃キリコ、宝島社)は、今年11月に映画が公開されるとのこと。
このマンガのろくでなし男に対して私は本当に腹が立つのですが、こういうタイプの男は実際にいるんですよね。
加えて、こういうタイプの男に惹かれて、ずるずると肉体関係を持ち続ける女性も多いわけです。
これまた、ろくでなし男が描かれた『恋の掟/エスケープ』(桜沢エリカ、祥伝社)。
女性に「お金を貸して」と頼んで、絶対に返さないろくでなし男の生態がよくわかります。


上記のマンガで、若い女の子たちが客観的かつ冷徹に、ろくでなし男への観察眼を養ってくれることを願います。
女性たちは肉体関係を持つことイコール特別な結びつきととらえるのでしょうが、男性のほうは金づるにもなる性欲のはけ口とした思っていないこともあるわけです。

最後に、割り切れない性について理屈をつけた竹内久美子氏の『そんなバカな!』(文藝春秋)『男と女の進化論』(新潮社)は、まさに「そんなバカな!」という内容です。
挿し絵の人物が「ウソばっかり」といったコメントをして、1冊の本の中にボケ(屁理屈)と突っ込みがあります。
ここまで理屈を並べられると、「お見事!」と逆に笑えてしまいます。
笑いながらも、性を含めた人間の行動や、人間の存在意義について考えが深められる本です。



「あんたの話 ウソばっかり」

ふと思い出したのが、1997年の東電OL殺人事件。
被害者の輝かしいキャリア、売春、冤罪など、さまざまな話題でスキャンダラスに取り上げられました。
この事件については、優秀でまじめな女性が陥りやすい空虚感や、性への嫌悪と暴走という葛藤を私は感じていました。

割り切れなさを受け入れることは、この世の中で女性が生き抜くための知恵なのかもしれません。
Powered by Blogger.