「代替医療は無意味だ」という発言そのものが、私は無意味だと思う

人はみな、わかることだけを聞いている ゲーテ


 私はグルメ番組を見るのが大好きです。いつもスゴイと思うのが、ギャル曽根さん。「なぜ、あんなにたくさん食べてもやせているのだろうか」と、最初は信じられない思いでした。しかし、テレビの力は偉大で、「大量に食べても、健康で、やせている女性がいる」ということに、私はすっかり慣れてしまいました。

 大量に食べても、健康で、やせている人がいる一方で、ほとんど食べなくても、健康で、ふっくらしている人もいます。私はほとんど食事をせずに生きている人に数人会っていますが、その話をすると「あやしい」「ウソだ」と相手に否定されることは珍しくありません。

 情報をどのように受け取るかは個人の自由です。しかし、自分が納得するまで調べていないのに「ありえない」と決めつけるのは、もったいないと思うのです。
 ゲーテの「人はみな、わかることだけを聞いている」という言葉を、「私たちは、自分が容易に理解できる範疇のことしか聞こうとはしない。理解するのに努力を要することは、インチキだと否定したり、右から左へと聞き流したりする」と私は解釈しています。

 私は編集者として仕事する中で、断食で難病を克服した、青汁を飲んでいるだけなのにふっくらしている、忍者として活動している、山伏として修業している、ニンジンジュースを飲んだら視力が回復した、70歳を過ぎているのに玄米ジュースを飲んでムキムキになるまで筋トレしている、など、自分の想像の範疇をはるかに超えた人たちと会ってきました。
 こうした経験から、「人間の体というものは、実に奥深い」と思うのです。

 医学は科学として進歩してきました。瀉血や悪魔祓いといった、治療というより心身にダメージを与える方法を取り除いていくうえで、これはすばらしいことだったと思います。
 ただ、科学技術が進んで遺伝子レベルで研究ができるようになってくることで、人間を全体として把握せず、「そもそも病気を治すとは何か」という観点も失われてきてはいないでしょうか。

 重い病気にかかった人が、医師に対して信頼し切れない心理が『カーテンコール』(川島なお美)に描かれていました。
 また、がんを患い、標準治療を受け、抗がん剤治療期間に自ら首をつって死んだ人を私は知っています。

 最近では、代替療法を批判する風潮が強まっています。私も「ゴッドハンド」などとうそぶいていた治療家や、30分ほどの治療もどきで2万円を要求していた治療家などには、心底ウンザリしています。

 ただ、病気を治すことが、自分らしく人生を全うさせることだとすれば、科学としての医学だけでは足りないのではないかと私は考えます。逆に、患者の生きる気力を失わせて、絶望の中で自らの人生を絶たせてしまう可能性もあるでしょう。

 過去のブログ「私はこんな治療院に行きたくない」で、以下の9項目に当てはまる治療家を私は否定しています。
●自分の資格を逸脱した言動を取っている(医師ではないのに「椎間板ヘルニアです」と患者に言う、鍼灸師ではないのにお灸を他人に据える、など)
●「これさえ行っていれば大丈夫」「どんな病気や症状にも効く」などと言っている
●副作用や問題点がないと言っている
●「××先生にしかできない治療なのです」「ゴッドハンド」「▽の生まれ変わり」などと、施術者があたかも人知を超えた能力の持ち主のように、権威づけている
●世間一般の治療法と比べて、施術料や商品価格が非常に高い
●科学的な言葉を羅列しているが、根拠がない
●セカンドオピニオンを否定する
●先祖・神様・前世・カルマ・因縁・家相・悪霊・悪魔・宇宙人などを持ち出して脅す(頻出ワードは「祟られている」「呪われている」「波動」など)
●体調が悪化したと訴えるクライアントに対して、「好転反応」と説明する
 
 「代替療法は無意味だ」という発言ばかりする人については「科学的な言葉を羅列しているが、根拠がない」というレベルではないでしょうか。代替療法とひとくくりにして論ずるのは、あまりにも乱暴です。

 私自身は、上記の9項目に当てはまらない治療法については試す価値はあると考えています。
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