「読書で国語力が上がる」と期待せず、子どもには楽しく本を読ませてほしい

「本をたくさん読む子どもは国語の成績がよい」
「某有名子役は1年で300冊の本を読んでいたから、中学受験に合格できた」
子育てしていると、そんなうわさ話がよく耳に入ってきます。
しかし、読書で国語力が上がるのは全員ではなく、一部の子どもたちであると私は考えています。

私の息子は本が大好きで、家の中だけでなく道路でも本を読んでいます。
「また歩きながら本を読んでいたよ」と息子の友人から言われるほど。
担任教師からは「読書に夢中になってしまい、体育の授業で運動場に出なければならないのに一人で教室に残っていました」と言われたこともありました。

そんな読書家の息子ですが、恐ろしいほどに作文は書けません
学校での国語の成績はぱっとせず、算数の文章題も苦手です。

以前のブログで、「効率脳」と「跳躍脳」について触れました。
思考をポンポンと弾ませる「跳躍脳」の息子は、読書でたくさんの文章を読んできたものの、句読点のつけ方や漢字などは全然頭に入っていません。
読んだ文章から内容だけでなく日本語のルールまで効率よく学ぶ「効率脳」と、読書パターンが違うのです。

「効率脳」の子どもは、本をたくさん読ませれば読解力や作文力が身に着き、国語の成績が上がる可能性が高いでしょう。
一方の「跳躍脳」には、「楽しい読書」と「精読する読書」を分けて、日本語のルールや作文の書き方を一つひとつ教える必要があるのです。

実は私は少々腹を立てています。
理由は、「~ね」と接尾語がつけられる場所に句点を打つようにと、学校関係者が息子に指導していたからです。
「星がきれいだね」「ご飯がおいしいね」など、確かに文の末尾に「~ね」をつけるケースは多々あります。
しかし、「明日ね、ディズニーランドに行くんだよ」「私はね、これだけは伝えておきたいの」と口語では文の末尾以外にも「~ね」をつけるのです。
この指導のおかげで、息子の句点の打ち方がメチャクチャになっていました。

私にも反省するところが大いにあります。
我が家では、宿題については親が見るが、学校で教わったことには口出ししない方針でした。
夏休みの宿題の読書感想文は私がチェックしていましたが、学校で教わる作文についてはノータッチだったのです。

しかし、担任教師はクラス全員の全教科の勉強から生活面まで把握しなければならないので多忙で、補習については学校関係者に任せざるを得ません。
学校関係者は、ある意味、勉強のサポートに入っているだけなので、どんな教え方をしても責任はないのです。
そんな指導の結果として、本はたくさん読んでいるのにメチャクチャな作文を書いてしまう状態に息子が陥ったわけです。

ですから、子どもの国語の成績が悪いからといって、読書を強要しないでください。本をたくさん読んでも成績が上がらない子どもは、現実として存在するのです。
「あなたも1年で300冊読みなさい!」などと押し付けられると、子どもは本嫌いになって大人になってしまいます。

これは将来的に出版業界をピンチにします。
「楽しい読書」については、どんなふうに読もうとも読者の勝手。筆者の意図など気にせずに、読みたいように読めばいいのです。

その一方で「精読する読書」は必要です。
これも以前のブログに書きましたが、子どもたちが社会に出ると「世の中の文章題」に接します。
「世の中の文章題」には仕事のルールや詐欺まがいの話が含まれ、勝手読みをすれば周囲に迷惑をかけたり、だまされて大金を失ったりします。
筆者はどんな意図で文章を書いたのかを、できるだけ正確に読み取れるようになる必要はあります。
勝手読みが習慣化している子どもには、精読させる時間を定期的に作ったほうがいいでしょう。

ここからは仮説です。
精読と作文を書かせることは、車の両輪のようにどちらも欠かせないのではないかということです。
そもそも子どもは精読自体がわからないので、大人が「きちんと読みなさい」「丁寧に読みなさい」と指示したところで意味が伝わりません。
ただ、「勝手書き」は難しい作業です。
「口で話せることは、文章に書けるでしょう」というのは大人にも子どもにも当てはまらず、そのためにゴーストライターという仕事があるわけです。
自分の考えを文章化するに当たっては、「きちんと書く」「丁寧に書く」という非常に面倒な作業が必然的に伴うのではないでしょうか。
そして「きちんと書く」「丁寧に書く」作業を通して、「きちんと読む」「丁寧に読む」習慣も身に着くと期待しています。

小学校高学年以降の子ども、そして大人も、国語力を上げたいのならば作文に取り組むといいでしょう。
その作文については、一人ひとりに合わせた指導が大切です。
「『~ね』で。(句点)をつけましょう」については、その指導で子どもがきちんと作文を書けるようになったかどうか最後まで確認してほしいと私は思います(愚痴です)

作文が得意な子どもだったら、普段の授業や読書で日本語のルールを学べるだろうし、どんな指導を受けたところで自分自身で間違いに気づき、改善できるでしょう。
作文が苦手な子どもに関しては、そうはいきません。出版業界の端くれとして、私が作文を教えようと決意した次第です。

○「楽しい読書」は筆者の意図など気にせずに、自分が読みたいように読んで楽しむ
○作文を書く作業を週1回など定期的に行いながら「精読する読書」を身に着ける