市川駅から歩いて行ける「勝手にパワースポット」その9 浮島弁財天

浮島弁財天
〒272-0826 市川市真間2


埼玉大学教育学部社会講座人文地理学の谷 謙二准教授が作成したサイト「今昔マップ on the web」が大変に面白いです(http://ktgis.net/kjmapw/index.html)
町の変化を知りたい人にはお勧めします。
会ったこともありませんが、谷准教授、ありがとうございます。

浮島弁財天の近くには「浮島弁財天縁起」という看板が立っています。

書かれた文章では、今の市川市役所真間ポンプ場に、浮島弁財天があったとされています。
しかし、古い地図を見ても神社マークが記されていません。
地図の製作者が見落とすほどに、小さな祠だったのでしょうか。
あるいは私が見落としているのでしょうか。

浮島弁財天が創建されたのは1841年。
江戸時代後期で、天保(てんぽう)の改革が行われた年です。
その数年前には天保の大飢饉が起こりました。
市川でも飢饉の影響を受けていたのでしょうか。
どうしてこのような時期に浮島弁財天が創建されたのかが気になります。
高校で世界史を選択した私は日本史をよく知らないのですが、天保の改革を行った水野忠邦(みずのただくに)はケチで人気がなく、改革はすぐに終わったと記憶しています(違っていたらごめんなさい)

『池上本門寺百年史』には、謙光院日慎上人は1855~1944年の人で、1905年に真間弘法寺に来たと書かれているそうです(http://blog.goo.ne.jp/m13239230k/e/18f7a0670a8e4ca51eb312cb1a1f6a21)
時代は明治。
1905年以降に、浮島弁財天の仏像あるいは仏画に魂を迎え入れる儀式が行われたのです。
無関係かもしれませんが、1905年は日露戦争が終わった年で、国府台には陸軍の施設がありました。

弁財天は七福神の弁天様ですね。
ヒンドゥー教の女神が仏教、そして神道の神様と入り混じった神様だといわれています。
弁天様で私が思い出すのが、鎌倉の銭洗弁天(銭洗弁財天宇賀福神社)
金運が上がることで有名だったので、大学生の頃に友達と一緒に銭洗弁天でお金をガシガシ洗った記憶があります。
浮島弁財天も「財福を成し」と縁起にありますから、金運アップのために浮島弁財天の周辺をきれいに清めて拝むといいかもしれません。

仏教でも神道でも、身辺を清めることが重視されています。
開運したければ、まずは掃除と片づけ。
こうした心がけが大事なのかもしれません。

●追記 2017年1月18日
もともと浮島弁財天があった市川市役所真間ポンプ場の写真です。

写真に写っている大きな木が、その名残かなと思ってみたりしています。
現在の真間川の幅からは、浮島があったなんて、とても想像できません。
時代とともに、すっかり様変わりしてしまったのでしょうね。