市川駅から歩いて行ける「勝手にパワースポット」その6 木内ギャラリーの木々

木内ギャラリー
〒272-0826 千葉県市川市真間4-11-4


國府神社
〒272-0034 千葉県市川市市川4-4-18



穏やかな天気の冬の日、弘法寺(ぐほうじ)を経由して國府神社(こくふじんじゃ)に行く途中に木内ギャラリーの横を通りかかりました。
私は美術品にはほとんど興味を持たないのですが、木内ギャラリーの木々がなぜかいつも気になっていました(建物ではなく)
それでこの日、初めて敷地に足を踏み入れてみました。



人だかりができている木内ギャラリーの建物の前を避けて、撮影しながら木々の間を歩いていくと、小さな石像がありました。
木に隠れるように、ひっそりと。
見つけたときには、ちょっと驚いてしまいました。


石像に近づくと、手の形から阿弥陀如来像かと思われました(私は仏像に全然詳しくないので、間違っていたらぜひ指摘してください)
「なぜ、こんなところに阿弥陀如来像があるのかな」と不思議に思いました。
木内ギャラリーは、明治から大正にかけての政治家である木内重四郎(きうち じゅうしろう)の別邸だったとのこと。
木内重四郎は、阿弥陀如来を本尊とする浄土宗や浄土真宗の信徒だったのでしょうか。
近所にある弘法寺は日蓮宗なので、この阿弥陀如来像とは無関係であるはずです。

阿弥陀如来像にはお茶と花が供えられていたので、誰かが大切に守っているのでしょう。
普段はまったく勘が働かない私ですが、なんだか阿弥陀如来像に引き寄せられてしまったような気分になりました。

この日目当ての國府神社も、きれいに掃き清められて、大事にされていることがわかりました。

ただ、なぜか國府神社で私が感じたのは「窮屈そう」ということ。
國府神社のすぐ近くに車が行き交う県道1号市川松戸線が通っているからかもしれません。
しかし、国道14号沿いの神社では息苦しい感じはしませんでした。
うまく理屈がつけられません。


國府神社の祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)
神社の由来が看板に書かれていました。


國府神社が建立された1087年は平安時代。
当時は院政が行われていたようです。


日本武尊は、父親のために戦わされるばかりの人生で、悲しい英雄という印象です。
武神として信仰されている日本武尊が祭神の神社が、貴族が中心の平安時代になぜ建てられたのかなと不思議に思いました。
台頭してきた武士によって建立されたのでしょうか。
伊勢系の鳥居です


市川駅近辺をもっと知りたいと思って日々歩き回っているのですが、謎がどんどん増えている印象です。

○追記 2016年1月12日
国府神社の裏側です。
ソテツでしょうか?
ジャングルのような光景です。
やっぱり、窮屈な感じがするかも。

木内ギャラリーも撮影しました。
樹木が多くて、素人ではとても素敵に撮影できません。


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