市川駅から歩いて行ける「勝手にパワースポット」その3 江戸川河川敷から望む富士山


富士山が見える江戸川河川敷
市川橋から京葉道路までの間

スコーンと晴れた、空気が冷たく澄んだ日に、江戸川河川敷から富士山が見えることがあります。
市川橋の近くは富士山の撮影スポットで、三脚を立てて撮影している人を頻繁に見かけます。
この場所から撮影すると、スカイツリーと富士山が一緒に収まります。

市川橋の近くのスーパー堤防から撮影
 いくら条件がそろっていても、富士山がかすんで見えないことはよくあります。
「今日こそ富士山を見たい」「見られるはずだ」と江戸川河川敷に行っても見えるとは限らないし、「じゃあ、見なくてもいい」と最初からあきらめて河川敷に足を運ばなければ富士山を見ることはできません。

いくら努力しても報われるかわからないが、そもそも努力しなければ何も始まらない。
そんな当たり前のことを気づかせてくれる点で、富士山が見える江戸川河川敷はパワースポットではないかと私は思うのです。

日常生活の中で、「自分ががんばりさえすれば、うまくいくはずだ」「努力が足りないから、ダメなんだ」「どうなるかわからないのなら、努力するのは無駄」といった考えが湧いてきませんか?
自分で自分をコントロールできるし、自分の努力で周りを動かしているような気になることが、私にはよくあるのです。
なんとも、おこがましい。

富士山は何万年も前からその場所に、その姿で存在し続けています。
富士山の長い歴史の中で、命が短くちっぽけな存在である私たち人間が喜び、悲しみ、苦しみ、悩み、右往左往しているのでしょう。

富士山の祭神は、木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのひこと)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が木花之佐久夜毘売命と結婚したことで、人の命が花のように短くなったという説もあります。

富士山の神々しさは、大自然の中での私たちの無力さ、命のはかなさを実感させるとともに、「それでも私なりに努力しよう」という謙虚な気持ちを呼び起こすのかもしれません。

今日も富士山は美しいです。
大洲近辺から撮影
2016年12月31日の夕日です。





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